迷いを減らすための大原則があります。
「事前にルールを決めておく」ということです。
ルールを決めていないと、その都度考えることになります。
迷わない生き方をするなら「ベスト」という考え方に注意してください。
私たちはよく「ベスト」という言葉を使います。
「ベストの方法で取りかかる」
例外まで考えないことです。
例外とは、一般原則に当てはまらない、特別なことをいいます。
可能性が1パーセントや1パーセント未満は、もはやゼロも同然です。
わからないことや迷うことがあったとき、人に意見を求めることがあります。
「どう思う?」
「どうしてだと思う?」
難しい問題にぶつかったとき、人に相談することがあります。
人に相談を持ちかけることは悪いことではありません。
本来は自分一人で考え抜き、決断を下すのが理想的ですが、なかなか難しいこともあります。
迷わせる原因の1つ。
それは「他人基準」です。
他人基準で考えていませんか。
迷いをもたらす要因の1つがあります。
それは「ネガティブ思考」です。
ネガティブ思考の人は注意してください。
「みんなのために仕事をする」
素晴らしい心がけです。
仕事をするからには「みんなのため」を考えたいところでしょう。
「いつか」「そのうち」と思ってはいけません。
「いつか」「そのうち」は、迷いをもたらすネガティブの呪文です。
「いつか」「そのうち」は曖昧です。
「どうしよう、どうしよう」
判断が難しいとき、心の中で呪文のように何度も唱えることでしょう。
素直な心の声ですが、ここに注意があります。
神様を頼らないことです。
神様を信じるのはいいですが、頼るのはよくありません。
べったり頼るのは、もはや依存です。
迷わない生き方をするなら、不寛容の精神に注意してください。
不寛容の精神になると、迷うことが増えます。
不寛容の精神とは、人の欠点や間違いを受け入れないことをいいます。
二次情報や三次情報とは、間接的に集めた情報のことをいいます。
二次情報や三次情報には、途中に媒体を挟んでいるため、誤った情報が混ざっている可能性があります。
嘘であったり、誇張された情報だったり、内容の一部が削られていたりです。
生半可に考えるのはよくありません。
甘えと惰性が生まれます。
甘えと惰性の心は、迷いを生むもとです。
「現実を見たくない」
「見えないほうがいい」
「あやふやな状態のほうがいい」
表面にとらわれないことです。
表面とは、外に現れた部分のことをいいます。
外に現れた部分は、見えやすく目立ちやすいため、つい目を奪われる傾向があります。
すべてを吟味しないことです。
もちろん選択肢が少ないときならいいのです。
選択肢が3つしかなければ、吟味するのも簡単です。
迷わないための基本の1つ。
それは「計画」です。
計画があるかないかは、迷うかどうかに関係するポイントです。
初めての仕事に取りかかる際、いきなり体当たりで取り組まないことです。
初めての仕事は、無知の状態です。
未知の世界に飛び込んでいくのと同じです。
私たちは仕事に取り組む際「積み上げ思考」で考える傾向があります。
積み上げ思考とは、物事を積み重ねていくことで目標を達成する考え方のことをいいます。
ブロックを1つずつ積み上げていくように、ゴールに向かって1歩ずつ前に進んでいくスタイルです。
ずるい心を持たないことです。
ずるい心を持つと、ずるい考えが生まれます。
「嘘をつこう」「騙してやろう」と不正なことを考えてしまいます。
推測をベースにしないことです。
推測をベースにすると、迷いやすい生き方になってしまいます。
もちろん推測が悪いわけではありません。
簡単と思うのか、難しいと思うのか。
迷わない生き方を分ける、重要なポイントです。
迷わない生き方を実現させたいなら「難しい」と考えないことです。
自分の心に嘘をつくのはよくありません。
自分の心に嘘をつくはずがないと思いますが、知らず知らずのうちに嘘をついていることがあります。
私たちは人間関係の中で生きています。
魅力的な商品があると「欲しい!」と思ってしまいます。
「欲しいけどお金がかかる。でもやっぱり欲しい。頭から離れない」となります。
あれもこれも欲しいものを買っていると、お金がいくらあっても足りません。
一問一答の呪縛にとらわれていると迷います。
私たちは学校で一問一答の考え方を基本としてきました。
選択式問題であれ記述式問題であれ、1つの問題につき、1つの答えが用意されています。
迷う原因の1つ。
意識で行動することにあります。
もちろん意識することが悪いわけではありません。
迷いをもたらす意外な原因があります。
それは「こだわり」です。
一般的にこだわりという言葉には、ポジティブなニュアンスがあります。
迷うかどうかを決める要因の1つ。
それは「覚悟」です。
覚悟があるかどうかは、迷うかどうかです。
義務感でやっていることは「嫌々やっている」ということです。
やる気がなくて面倒くさい気持ちがあります。
義務感でやっていると、力が入らず、本気になれません。