「これはよいことだ」
「これは悪いことだ」
世の中には、法によってたくさんの善悪が決められています。
「善はよいこと、悪は悪いこと」という認識が、一般的です。
おや、ちょっと待ってください。
本当の現実に目を向け、夢から覚めましょう。
「法を犯す」という出来事も、善悪を決めているのは人間の都合です。
本当の善悪かどうかは、疑問です。
法を作ったのは誰ですか。
人間ですね。
法の大部分は、人間の都合で作られた偏りのあるルールです。
実体としては、善も悪もありません。
人間が「これは善にします。これは悪にします」と社会的ルールを作ってそれに従い、よい悪いと認識を持つようになりました。
自分が殺されたくないから「殺人は罪である」というルールを作りました。
人間を殺すと罪になっても、アリを殺して罪にはなりません。
植物を踏みつぶしても、罪にはなりません。
法は人間にはよくても、犬、猫、地球にとって、本当に善ではありません。
全体から見れば、人が作った法律も、悪の1つと考えることができます。
牛肉はタンパク質が豊富だから体によいですよという善があっても、そのために牛を殺してしまうという現実は悪です。
お金があると生活が豊かになるという善があっても、そのために家族とコミュニケーション不足で家庭崩壊になっては悪になります。
きれいな机を作ろうという善があっても、そのために森林を伐採してしまい、地球の温暖化につながるという現実は悪です。
平和のためという善があっても、そのために戦争をして、たくさんの人が殺されてしまうことは悪です。
宗教では善という大義名分を掲げていますが、実際は宗教戦争により、たくさんの人が殺されている悪があります。
善と悪って、何なのでしょう。
世の中の善と悪は、本当に曖昧です。
人間が自分の都合のよいように作った法律によって、私たちは大変振り回されています。
真実に目を向けてください。
実は、すべての物事には、善も悪も、好きも嫌いもありません。
「何だかわからなくなってきた。どういう意味なのだろう」
その言葉を待っていました。
いよいよ、大詰めです。
この世には、好きも嫌いも、善も悪もないという話をしました。
人間の記憶が作った幻であり、善も悪もありません。
あなたは、今、現実に生きていると思っていますが、そう思っている現実こそが実は夢であるということに気づきましょう。
私たちほとんどは、現実に生きていると思っていながら、いまだ夢の中をさまよっているのです。
記憶によって好き嫌いという幻を見て、法によって善悪という幻を見ています。
どちらも実体はありません。
どちらも幻であり、本当の現実ではないのです。
夢なのです。
殺される現実に苦しんでいても、朝になって起きると、実はそれは夢であったということに気づきます。
しかし、心臓がバクバクと高鳴り、血圧も上がり、汗でびしょびしょになっています。
ありもしないことに振り回され、苦労をして、悩み、もがいているのです。
これと同じことを、あなたも現実という夢に振り回され、心臓が高鳴り、血圧も上がり、汗でびしょびしょになっているのです。
「現実だと思っていることは、実は夢だということはわかった」
「では、本当の実体は何なのでしょうか」
好きも嫌いも善悪も「ないという真実に気づく」のです。
「なんだ。本当はなかったんだ!」という現実に気づいたとき、私たちは夢から目が覚めます。
夢から目が覚めて「ない!」と気づいたときに、苦しみから解放され、本当の「ある」が見えてくるのです。
「1つである」の「在る」に気づくのです。
これまでたくさんの境界線を引っ張ることで、ばらばらが生まれてしまった話をしました。
しかし、そもそもそれは1つです。
法により善と悪という境界線が引かれていました。
しかし、その境界線は、実はないのです。
好き嫌いという間には、境界線があります。
しかし、その好き嫌いも実体はなくて、夢であることに気づきます。
「ない!」ということに気づけば、ふわりと境界線が消えます。
境界線は「ない」。
好き嫌いも「ない」。
善悪も「ない」。
すると、どうなりますか。
2つが1つになりますね。
境界がなくなった代わりに、1つになります。
1つが「在る」のです。
「ない」に気づいた瞬間「すべては1つである」という「在る」に気づくことができるのです。
日本と韓国が1つになれば、どうなるでしょうか。
境界がなくなって、1つになりますね。
1つが「在る」ではないですか!
いえ、そもそも最初から1つだったのです。
1つだったのに2つだという幻、夢を見ていたのでした。
さらに地球全体から見てみましょう。
たくさんの国があると言っているあなたは、まだ夢を見ています。
宇宙から地球を見てみましょう。
どこに境界線なんてありますか。
境界線は、人間が勝手に作った幻です。
本当は「ない」のです。
「ない」に気づいた瞬間「地球は1つではないか!」という「在る」に気づきます。
さらには、太陽系、銀河系も考えましょう。
名前をつけているから、別々の実体があるようにあるように思えますが、そもそも境界線などないのです。
銀河系の中に太陽系も含まれているから、1つなのです。
しかし、銀河系も、宇宙の中に含まれているから、1つなのです。
「ない」という真実に気づいたとき、あらゆる森羅万象の境界線はなくなります。
消えます。
「ない」に気づくと、境界線は消えてしまい、ついには「1つ」になります。
それが宇宙なのです。
愛であり、調和なのです。
そもそも「在る」のです。
そもそも最初から、1つであり、調和されているのです。
私たちは、あるのに、ないと思っていただけでした。
「無い」に気づいたとき、ようやく本来の姿である「(すべては1つで)在る」という真理に気づくことができるのです。
絶対的なことであり、神の力、宇宙の力、愛であり、完全なる調和の世界です。
1つには、喧嘩も対立もありません。
あなたがまだ喧嘩や対立に苦しんでいるということは、まだ境界線を引いている証拠です。
ありもしない夢に振り回されている。
何もかも、あらゆる森羅万象すべては「1つ」です。