心の勉強として、自分についての勉強があります。
本当の勉強とは、自分の外側にあるのではありません。
必ず、内側にあります。
自分が何をしたいのか。
何が得意なのか。
何ができるのか。
自分の生きる使命や役割とは何なのか。
本当は、こうしたことは学校で勉強する前に勉強しておかなければならないのです。
そのうえ、学校では教えてくれません。
自分で学問をして、見つけるしかない勉強です。
自分のやりたいことや目指す道を初めに意識して、その実現のために勉強するほうが順序としては正しく効率もいいのです。
大学受験において、受験に成功している人には早くから進路を決めているという共通点があります。
私が高校時代のときにも、大学受験に合格している人は、早い時期から自分の道を決めていた人たちばかりが圧倒していました。
早ければ早いほどいい。
「獣医師になりたい」
「医者になりたい」
「エンジニアになりたい」
「先生になりたい」
自分が本当にやりたいことを早い時期から見つけます。
そのための勉強を早い時期からスタートさせているからこそ、そのための準備を早くから行えます。
そのときのために、こつこつした努力を積み重ねてきたのです。
蓄積された力も巨大です。
たとえば、先生になりたい人は、早い時期から「自分のやりたいこと」を見つけることができています。
「自分のやりたいことを見つける」ということは、自分の内側の勉強です。
心の勉強です。
しかし、実際の現実では、先生になるための試験があり、試験では国語や理科などの課題が出題されます。
それらが外側の勉強です。
「先生になりたい」という動機のためには、初めに内側の勉強をしておかなければなりません。
「自分は教えることが得意だ」
「人の役に立ちたい」
「人のために働くことに生きがいを感じる」
こうした自分のことを初めに勉強することができたから、やりたいことを見つけることができます。
次は、夢の実現のための勉強に、うまく手をつけることができているのです。
進むべき道がわかれば、必要な科目と必要でない科目がわかり、一点に集中ができるようになります。
夢があって、次に勉強です。
目的がはじめにあって、次に目標があるのです。
私は大学受験には失敗してしまいました。
本当に自分のやりたいことがまだわからなかったからです。
見つけられなかったからです。
今思えば、あちこち中途半端な道をさまよっていました。
一点に集中できず、多種多様な科目に手をつけていました。
それがいけなかった。
進むべき道がわかっていなかったため、必要な科目がわからず、ただ手当たり次第に勉強をしていました。
受験に失敗したのち、私は自宅浪人の時代に入ります。
自分の家で、来年の受験のために1人で黙々と勉強をするということです。
このときの経験が後から大きな意味を持ってきます。
1人になっているといろいろなことを考えます。
学校では友人や先生がいますが、自宅では平日父と母が働きに出て、家には自分だけになります。
1人になり、自分のこと、将来のこと、何をやりたいのかと自問自答を繰り返すことで、自分のことがわかるようになりました。
1人になることを初めて経験し、そうしてようやく自分の勉強ができたのです。
もっと早くから自分の勉強をして、自分のやりたいことや進むべき道がわかっていれば遠回りをせずにすんだのでした。
自分の勉強は、初めにしておかなければならない心の勉強です。
今となっては苦い思い出ですが、そのときがあったからこそ今の自分が存在しています。