あなたにとって「夢」と言えば、どのようなイメージがあるでしょうか。
大きな家を持ちたい。
大金持ちになりたい。
最新の車を持ちたい。
夢といえば、こうした私利私欲を実現する願いを思い浮かべるのではないでしょうか。
こうした夢のことを「欲望の夢」と言います。
自分のことしか考えておらず、自分の欲求を満たすことが夢の原動力であり、目的になっているからです。
逆に、他人に喜ばれる夢があります。
いわゆる「奉仕の夢」です。
他人にありがとうと感謝されるために実行する夢です。
一見すると、素晴らしい夢であるように思えます。
人に喜んでもらいますから、これでいいではないかと思いますね。
しかし、思わぬ落とし穴があります。
他人に感謝されるために、自分の人生・家族・友人関係・財産・時間などを犠牲にしている場合が多い。
往々にして、失ってからでは遅いものを犠牲にします。
何かを犠牲にしてまで人に感謝されるのは、プラス・マイナス・ゼロです。
いえ、失ってからでは遅いものを失うのですからマイナスのほうが大きいのではないでしょうか。
自分が不幸になる代わりに、他人を幸せにするのは、プラスになっていません。
結論を申し上げますと「欲望の夢」も「奉仕の夢」も、どちらも抱いてはいけない夢です。
あえて、抱いてはいけない夢と断言させていただきます。
想像してみましょう。
自分の欲求を追い求めた夢の結果は、どうなるでしょうか。
また自分の生活を犠牲にして、奉仕のためだけに生きる夢の結果はどうなるでしょうか。
どちらに向かうとしても、夢の最終地点は「よくない結果」が待ち受けています。
こうした夢を追いかけたばかりに、不幸になっていった人たちをたくさん知っています。
「人の夢」と書いて「儚い(はかない)」と書きます。
人が考える夢は、自分のためにしろ、他人のためにしろ、偏りがあり不完全です。
これまでの成功哲学では「欲望の夢」であるか、あるいは「奉仕の夢」かのどちらかでした。
しかし、どちらにしても、バランスが悪くなります。
自分のことばかり考えていれば自己中心的になります。
逆に、他人のことばかり考えていると「灯台下暗し」のように、自分の生活が不安定になります。
さて、人が考える夢でなければ、何が本当の夢で、どうすればいいのでしょうか。
答えは、次の項目で明かすことにしましょう。