意外に気づかれていないごみの1つに年賀状や手紙があります。
年賀状や手紙は、受け取ったその瞬間からもう必要がなくなります。
つまり、いらなくなります。
読み返して哀愁にふけって気持ちいいことはあっても、年賀状や手紙そのものが生活を向上させることはありません。
持てばもつほど本人には重荷になっているのです。
人の手が書いたものであるだけに、捨てにくいからです。
捨てづらくごみになりやすいのです。
本当は捨てても、生活に支障が出ません。
哀愁にふけって心地よい時間を味わうだけに、捨てようと思うと、なかなか捨てられません。
むしろ捨てたくても、捨てられないくらいです。
捨ててしまうと人から「冷たい人」と思われることが怖く、なかなか捨てられないのです。
捨てられなければ、たまる一方です。
手紙は受け取ってありがとうという気持ちさえ出てくれば、後は捨ててもいいのです。
相手に喜んでもらうための手紙が、いつしか邪魔者になってしまっている場合があります。
手紙は捨ててもいいのです。
相手に喜んでもらえることが本来の目的ですから、その用事さえ済めば捨ててもいいものの1つなのです。
私は手紙を書いて送るときには、読み終わったら捨ててもいいですよと言うことにしています。
「まだ手紙を持っているよ」と言われると「まだ捨ててないの」と言ってしまうくらいです。
読み終わって捨ててもいいよと言わないかぎり、普通の人はまず捨てようとしませんし、捨てることができません。
たかが手紙1枚にすがってほしいために、私は手紙を書いたわけではなく、喜んでもらうために書いただけです。
にもかかわらず最終的には捨ててもらえないと、せっかくの手紙が相手の心の負担になります。
捨てられずにずっともつということは、ごみとして保管しておくということなのです。
部屋が手紙や年賀状だらけになります。
毎年頂く年賀状なら、なおさらです。
返事を書くときのために住所を写し終えれば、もう必要ないので捨ててもいいのです。