作家に必要な能力は「書く技術」より「観察力」です。
書く技術は、教えてもらったり、真似をしたりすれば、簡単に習得できます。
上達に早い遅いの違いがあっても、時間さえあれば、何とかなるものです。
しかし、それ以上に大切なことがあります。
「観察力」です。
文章を書くためには、ネタが必要です。
ネタを見つけることができる、いわば「発見する力」が必要です。
文章を書くときには、日常的なことを書くこともあれば、非日常的なことを書くこともあります。
どちらにしても、書き手が日常生活に点在する気になる要素に気づくかどうかが、大切なのです。
私の場合は、もともと「気にしすぎ」という性格があります。
幼いころから、考えすぎてしまう性格でした。
日常のささいなことを深く考えてしまい、思い悩む性格です。
10代のころは、この性格が大嫌いでした。
いつも何かに気づいては考えてしまい、また違うところに気づいては考えます。
最後には、頭が痛くなるのです。
深く考えずに、あっけらかんと生きている人が、本当に羨ましかったものでした。
私は、この考えすぎを、どこかで吐き出したかったです。
それが「本を書く」という活動です。
私にとって、本を書くという活動は、快感です。
トイレに行った後のような、すっきりした気持ちのよさがあります。
いつも考えていることを書いているだけですから、ピアノを弾いているかのように指が動きます。
毎日考えていることを、吐き出せます。
さらに人の役に立つなら、これほど嬉しいことはありません。
私は小さいころから、作文だけは得意でした。
大好きな科目でした。
先生から作文用紙を配られると、作文用紙を手に取った瞬間に書き始めていました。
書くことが自然と思い浮かんでくるのです。
いつも考え事ばかりしていますから、少し課題を与えてもらえれば、それなりの意見が次々出てきます。
「吐き出したい」という欲求があります。
みんなが感想文を作文用紙2、3枚に対して、私だけは10枚だったときもあります。
早く書くことで、自然と書く量も増えたのでしょう。
私にとって書く技術は、後から身につけたものです。
気づく能力さえあれば、書く技術は後からでも容易に身につけることができるのです。