私たちの日常には「風習の食べ物」があります。
たとえば、お正月に食べる料理といえば「おせち」です。
縁起のよい食べ物を寄せ集めた料理であり、1年の無病息災を祈る食べ物とされています。
夏の土用うしの日に食べるものといえば「ウナギ」です。
うしの日にウナギを食べる習慣には諸説がありますが、江戸時代に平賀源内が考え出したものする説が代表的です。
ウナギは、栄養価の高い優れものです。
「ウナギを食べると栄養とスタミナがついて、暑い夏を乗り切れる」という意味があります。
年末であれば「年越しそば」です。
大みそかの夜に、縁起を担いで食べるそばのことです。
年越しそばを食べないと、いい新年を迎えられないと考える人もいるでしょう。
あなたは「風習の食べ物」を気にするタイプですか。
風習にのっとったものとはいえ、食べる・食べないは個人の自由です。
絶対食べなければいけないものでもありません。
「私は風習に興味がない」という人なら、もちろん食べない選択もありです。
食べないからといってペナルティーはありません。
「風習にのっとって食べる」という国民の一体感に抵抗があって、あえて食べない人もいるかもしれません。
もちろん風習の食べ物は個人の自由ですが、食の豊かさに関わるポイントの1つです。
こだわりがなければ、できるだけ食べておくほうがいいでしょう。
これはこれで、貴重な食のチャンスです。
風習の食べ物には、文化や伝統が反映されています。
その国に生きるものとして、素直に食しておくほうがいいでしょう。
その国や地域に生きるものとして、風習に基づいた食べ方を大切にしたい。
「食文化を大切にする」「次の世代へ継承する」といった意味としても、価値を重んじる必要があるでしょう。
風習の食べ物を食べることは、その国の食文化を楽しむことです。
その行為が、人生を豊かにすることにつながります。
風習の食べ物を食べることは、ミーハーなことだと思っている人がいます。
これは違うのです。
風習の食べ物を食べることは、ミーハーなことではありません。
ミーハーとは、世の中の流行に飛びついたり流されたりする意味です。
風習の食べ物を食べることは、流行ではありません。
その国や土地に根づいた文化伝統を尊重する行為であり、ミーハーとはまったく別物です。
風習の食べ物に対して、1つ気づいてほしいことがあります。
「風習の食べ物は、楽しめる回数が有限」という事実です。
たとえば、大みそかの晩に楽しむそばといえば「年越しそば」です。
長生きをして100歳まで生きられるとしたら、食べるチャンスはおよそ100回ということになります。
乳児期を除けば、実際のチャンス回数はもっと少なくなりますが、有限であることに変わりありません。
お正月のおせちもそうです。
土用のウナギもそうです。
お雑煮・七草がゆ・恵方巻きも同じです。
風習でいただく食べ物とはいえ、楽しめる回数が有限とわかれば、貴重なチャンスの1つであるとわかるでしょう。
お花見を楽しめる回数は有限であるように、風習の食べ物を楽しめる回数も有限です。
風習を大切にしてしすぎることはありません。
風習の食べ物は、食生活に美しい彩りをもたらします。
素直に食べておくほうが、食生活が豊かになります。