相手のために仕事をしていると、自己犠牲の感覚に悩まされることがあります。
たとえば、家事です。
炊事・掃除・洗濯。
「相手のために頑張っている」と思うと、モチベーションが上がって、普段より頑張れます。
その一方で、あるとき複雑な気持ちになることもあるかもしれません。
自分を犠牲にしながら生活しているような気持ちに包まれ、だんだん自分が悲しくなってくる。
「自分の時間がほしい」
「まるで自分を犠牲にしているようだ」
喜んでもらえるのは嬉しいですが、自分の幸せを後回しにしているように感じるでしょう。
やるせない気持ちに襲われ、心の管理に悩まされるのです。
しかし、ここに誤解があります。
相手のためにしていることは、自分のためにもなっています。
自分を犠牲にしていると思うのは、仕事の一部分しか見ていません。
もっと視野を広げて考えてみると、自分の成長に役立っていることに気づけます。
たとえば、相手のために炊事をしたとします。
相手のために食事を作ることで、自分の料理の腕がよくなります。
相手の部屋も掃除をしたとします。
自分だけ頑張っていると思うかもしれませんが、同棲生活に清潔感が出て、自分の居心地もよくなります。
相手のために洗濯をしたとします。
洗濯が面倒に思えても、相手にきれいな服を着てもらうと清潔感が出て、一緒にいる自分も心地よくなれます。
すべての家事は「花婿修行」「花嫁修業」になっていると考えることもできます。
我慢が必要なことは、自分の心を大きくするトレーニングと思えばいい。
相手のためにしていることは、自分のためにもなっていることに気づいてください。
自分のためになっていることに気づけば、自己犠牲の感覚が薄れ、意味と価値を実感できるでしょう。
家事に対する面倒な気持ちが薄れ、モチベーションが高くなるでしょう。
自分のためにしていると思うと、もっと家事を頑張りたくなるのです。