「歩いていると、気持ちが晴れやかになった」
「散歩をしていると、なぜか元気が出る。テンションが上がる」
「ウォーキングは、疲れるどころか、身も心も軽くなる」
マウスの寿命は、個体差もありますが、およそ25カ月です。
人でいう高齢にあたる19カ月のネズミを、1カ月間、回し車で運動をさせるという実験が行われました。
その結果、ネズミの運動能力は向上しました。
都会は空気が汚く、自然が少ないと言われます。
しっかり歩く散歩は、有酸素運動です。
散歩をして歩くなら、やはり空気のきれいな自然に囲まれていたほうが、健康にもいいと思われます。
私は、新宿の山手線を散歩道としてよく歩いています。
この道は、東京の中では「動脈」とも言われるほど、なくてはならない主要な交通網の1つです。
「動脈」という名にふさわしく、道幅は広く、昼間に限らず夜中でも車が多い。
「歩いている」という状態を、少し離れた距離から見てみましょう。
「地面の上を歩いている」と言えばそうですが「地面を踏んづけながら歩いている」ともいえます。
踏んづけているというのは、少し横柄です。
健康にいい散歩といえば「早歩きで汗をかく」というイメージがあります。
体を動かすからこそ、血行促進や筋力増強など、健康につながります。
しかし、必ずしも早歩きだけが健康につながるとも限りません。
歩くのが下手な人は、曲がり角に差し掛かったとき、いきなり90度に曲がります。
当たり前の動きに思えますが、実は危険です。
曲がったときに、ちょうど後ろから追い抜こうとする人や自転車が近づいていれば、ぶつかる可能性があるからです。
街を歩いていると「あれ、なんだろう」と思うものを見つけることがあります。
珍しい建造物であったり、不思議な形をした草花であったりします。
散歩の達人は、何か気になるものがあったとき、ふと指を差します。
祖母と一緒に散歩をしていたときのことです。
80歳を超えますが、祖母は俳句や短歌が趣味です。
積極的に新聞に投稿する趣味があり、事実、新聞に載ったこともある実力者です。
田舎で散歩を楽しもうと思うと、おそらく自然が中心になるのではないかと思います。
そもそも田舎にあるのは、自然くらいしかありません。
田舎であるほど、自然が顕著になるでしょう。
散歩をする前には、ストレッチ運動をしてから、歩き始めます。
ストレッチは、あらかじめ体の筋を伸ばして、けがを未然に防ぐ意味があります。
「ストレッチなんて面倒」
私は、昔から博物館が大好きです。
東京にはたくさんの博物館があるので、週末には博物館巡りに出かけます。
人にもよると思いますが、私だけでしょうか。
好きな人とデートをするとき「待ち合わせの場所まで散歩をする」とは言いません。
「待ち合わせ場所へ行く」と言うはずです。
待ち合わせの場所まで距離があっても、好きな人とのデートなら、歩くことは自然と気にならなくなります。
散歩のスピードは「遅い、普通、速い」の3種類です。
今までは、ただなんとなく気分や状況に任せて歩いていただけではないでしょうか。
散歩の達人は違います。
歩いていると、大きな木に出会うことがあります。
お寺・神社・公園などには、そうした大木がしばしば見られます。
大木を目の前にすると、しばらくの間、ぼんやりすることがあります。
「歩くのは疲れる」
「汗をかいて嫌だ」
「楽に歩きたい」
駅の構内で、階段より、エレベーターやエスカレーターを探していませんか。
それは、歩かなくていいところを探す癖がついている証拠です。
私たちは、つい「歩かなくていいところ」に自然と目をやりがちです。
「うわっ、値段が高いなあ」
デパートの靴売り場で、ウォーキング・シューズの値札を見ると、結構な値段に驚かされます。
もちろん安いシューズもありますが、本格的ウォーキング・シューズとなると、やはりそれなりにいい値段です。
「限界に挑戦」
この言葉には、何か輝かしい響きがあります。
自分の限界まで挑戦することは、人間としての人生を全うするような生き方をしているかのような気になります。
毎日、同じ道を歩くとなると、だんだん飽きが来るのが普通です。
同じ景色を毎日見ていますから、飽きるのは当然です。
そこで、ウォーキングを続けるためには「飽きさせない工夫」が必要です。
私はウォーキングをする際、音楽を活用することがあります。
ウォーキングの最中は、オーディオブックを聞くことが多いですが、気分転換に音楽を聴くこともあります。
車通りの多い道では危険が伴うので注意が必要ですが、車や人通りが少ない場所ではよく音楽を聴いています。
「この先にはどんな光景が広がっているんだろう」
歩くときには、この期待を大切にしましょう。
「歩く距離をだんだん伸ばす」というのは「より遠くの景色を見ることができる」ということです。
散歩の達人には、歩き仲間がいます。
運動好きの友人がいて、いつも同じ時間に歩くのが習慣になっているのもいいでしょう。
相手がいると「よし。もう少し先まで歩こうか」という気持ちが強くなります。
散歩仲間がいれば、歩く習慣は続けやすく楽しくなります。
散歩仲間と言っても、人だけとは限りません。
飼っている犬も、散歩仲間になります。
散歩仲間は、必ずしも身内や友人だけとは限りません。
赤の他人でも「散歩仲間」と呼べるにふさわしい関係になることがあります。
毎日の散歩が習慣になっていると、同じ時間に、同じ道を歩くことになるでしょう。
ピクニックをするとき、主に坂道ばかりを歩くことになるでしょう。
坂道をピクニックのコースと思うと、疲れが感じられにくいです。
「ピクニックのコースだ」と思うことで、大変さを受け入れる心の準備ができるためです。
本格的にジョギングをするなら、タオルは必須です。
大量に汗が噴き出ますし、シャツがべとべとして気持ち悪い。
汗をほうっておくと、走り終わった後に体が一気に冷え、風邪を引くこともあります。
父と一緒に散歩していると、よくぶつぶつ話します。
独り言です。
歩いていると、目の前に看板があり、書かれている文字を読んでいます。
中年のおじさん、おばさんは、何でも触るのが得意です。
歩いている途中に樹齢が100年くらいの巨大な木があると、とりあえず触ろうとします。
「うわっ、大きい木」と言いながら、木を触ります。
普通、私たちが散歩をするときは「保守的」になっています。
遠くまで歩いてみたい気持ちはあっても「戻れること」を前提に歩いています。
「この先の道は歩いたことがないな。歩いたらきちんと戻って来られるだろうか」