執筆者:水口貴博

隠れた才能を見つける30の方法

  • 才能は、
    好きなことの中にしか存在しない。
隠れた才能を見つける30の方法

才能は、好きなことの中にしか存在しない。

あなたは才能という言葉を聞いて、何を連想しますか。
おおよそ、特別なことと思っているのではないでしょうか。
神に選ばれた天性に恵まれた人。

得点を気にしない。
偏差値も気にしない。
楽しい気持ちにだけ集中する。

途中で、つまずきやすい石があります。
「得点」「点数」「偏差値」です。
自分の客観的な評価を目に見える数字にしてしまうことではっきりわかり、自分の能力の物差しにできます。

人目を気にして、していることは、本当の好きではない。

才能を開花させる前に、自分の好きなことに気づく必要があります。
本当に好きなことを見つけていれば、もう才能は半分開花させているも同然です。
心から本当に喜べる好きなことがまだ花の芽が出る前の状態でも、大丈夫です。

間違えても、喜んでしまうことを探す。

自分が好きと感じていても、どのくらいまで本当に好きなのかはなかなかわかりにくいものです。
好きは好きでも度合いがあり、強烈に楽しいと感じられる好きが、才能の正体だからです。
本当に好きなことかどうかを見分けるポイントは、どこにあるのでしょうか。

意識的に行っていることは、本当の好きではない。
本当の好きは、無意識にやっている。

好きなことは、意識的に行っていることではありません。
無意識的に行っていることです。
無理やり自分をコントロールさせているのではなく、考えてもいないのに勝手に体が動いてしまい、そうしてしまうことです。

競争はしない。
一時的には効果はあっても、長続きはしない。

自分の好きなこと、すなわち才能を磨くときに、誰かと競争してはいけません。
競争をすると、自分のペースが崩れてしまい、自分ではなくなります。
どのくらいの時間にどのくらいの集中でやればいいのかは、本当は自分が一番よく知っています。

「どうすればもっと楽しめるか」を、もっと真剣に考える。

「ただの能力で終わらせてしまう人」と「才能を開花させることができる人」がいます。
この2人の違いは、見た目ではわかりません。
あること一点に集中している姿は、どちらも同じです。

コンプレックスに、才能が隠されている。

コンプレックスには、才能になる可能性が隠されています。
「かっこいいところを見せたい」と努力するより「かっこ悪いところを見られたくない」という努力のほうが力強い原動力になります。
人にはそれぞれ固有のコンプレックスがあります。

本当に好きなことは、難しくても楽しく感じてしまう。

私は自分が好きだと思うことは、難しくても楽しいと感じます。
難しいからこそ、やりがいがあります。
わからないところがあると、嬉しくて仕方ないのです。

得意なことというのは「先天的」。
好きなことというのは「後天的」。

人間の能力には「得意なこと」と「好きなこと」の2つがあります。
似たような印象を受けますが、実態はまったく別物になります。
得意なこととは先天的であり、好きなことは後天的です。

得意なことが好きなことになれば、怖いものはない。

生まれつき得意なことというのは、実際に存在します。
運動神経がよかったり、作るのが得意であったりと、その人が生まれつきすでに持っている特性というのは存在します。
私だって同じです。

三日坊主の数をこなそう。

私は子どものころ、いろいろなことをさせてもらいました。
たくさん三日坊主をさせてもらったことを、今でも親に感謝しています。
海外旅行、留学、勉強、畑仕事、習い事など、いろいろとやらせてもらいました。

小学生でもできる。
才能は、○×の消去法で探し当てる。

自分で才能チェックができる簡単な方法があります。
「消去法」です。
自分に何が向いて得意としているのか、それをやって実際に自分が楽しいと感じるかどうかは、やってみないとわかりません。

本当に評価されるのは、実力ではない。
何かを作って公開し、広く活用されること。

才能という響きがあるからと言って、世界で一番の実力を持っていなければならないと思っていませんか。
他人より優れた能力がないと、才能と呼べないと思い込んでいませんか。
たしかに世の中には、ナンバーワンの能力という意味で才能を発揮している人がいます。

長く続けられることが才能。

自分があえて努力をしなくても、結果としてすでに長続きしていることは、それそのものがもはや才能です。
長続きをしているということは、自分が好き好んでいるからこそ続いているという本物の証拠です。
小さいころから長続きしていることは、大人になるにつれ、能力が上がります。

「しなければならないこと」は身につかない。
「したいこと」しか身につかない。

「しなければならない」と考えてしまうところに、才能はありません。
mustで考えてしまうことは、いやいやしないといけないという反発した気持ちが含まれています。
好きだからやっているわけではなく、そうしないと叱られるので、仕方なく体を動かしている感覚です。

見栄、肩書、体裁から始まった才能は、1つもない。

人間はもともと弱い存在です。
弱いために見栄を張って強く見せたり、自分の存在に価値を付加させたいために肩書を求めたりします。
評価されるために体裁を気にします。

あなたが他人から、よく褒められることは何ですか。

あなたは自分が持っている才能を、自分では「当たり前のこと」と思っています。
できて当たり前、やって当たり前、これくらい当たり前。
そのため自分が持っている能力を素通りし、大したことではないと思っています。

厳しくつらい経験が、あなたを変える。

長く生きれば生きるほど、認めたくはないが、認めざるを得ない事実に気づきます。
それが何かというと「厳しい人生のほうが、実は良い人生につながっていく」ということです。
毎日が平凡で波のない生活より、会社の上司に叱られたり、親に怒鳴られたりしたほうが、自分のためになります。

本当に好きなことは、毎日触れたいと願うもの。

才能は「毎日やりたいと思うこと」にあります。
英会話に週1回だけ通う人を、ときどき見かけます。
英会話に通うのは素晴らしいことです。

「いつかしたい」と願うことは、それだけ強い気持ちがあるということ。

「いつかしたい」と願っていることは、つまりそれほど捨てきれないという強い思いの表れです。
「できなければ、いいや」と諦めるのとは対照的に「できなくても、いつかしたい」と思うことは強い気持ちがあるのです。
人間の心理というのは、こうしたささいなところから垣間見えます。

好きなことには、時間をかけたくなる。

好きなことは、すぐ終わってしまうとあっけないものです。
できればもっと長い時間、触れ続けていたいと思います。
才能の芽になる好きなことを見分けるためには、それに時間をかけたくなるかどうかを基準に判断すればいいのです。

理由もわからずほっとするところに、才能あり。

私は昔から考えることが好きで、よく暇さえあればいろいろと考えていました。
何を考えていたのかというと、それこそ本当にいろいろなことについてです。
人生について、自分の将来について、自分について、勉強について、幸せについて……。

「must」で考えるところに、才能は存在しない。

「must」と考えていることには、本当の才能は存在しないと思ってください。
「must」と考えることには「本当にやりたい」という気持ちはなく、むしろ半強制的な雰囲気があります。
ある行動に対して、自然と「must」と考えてしまうようなら、嫌な心持ちが混ざっているということです。

邪魔をされてもやりたいこと。
お金を出してでもやりたいこと。

この2つが当てはまることは何でしょうか。
ちょっと振り返ってみましょう。
どうしてもやりたくて、邪魔をされてもなおやり続けてしまうこと。

「使命感」を感じ取っている人は、強く生きられる。

「自分が生まれてきた理由、意味、役目」
これを見つけることができた人には、必ずほかと抜きんでた才能と呼ばれる力を付けることができます。
生きていることに、大きな意味を感じています。

親からの影響を追い風にする人が成功する。

生まれてから最も身近に見てきた存在といえば「親」です。
あなたがこの世に存在するということは、親がいるということ。
自分の両親は、生まれてからというものずっと目にしてきた存在ですから、親から受ける影響は大きい。

努力なしに経験できた出来事すべてを、肯定的に受け入れる。

環境にしろ、友人関係にしろ、今のあなたが自然と人生を歩めているということは、その状態に感謝しておくことが大切です。
よいこと悪いことも、すべて含めてです。
生まれつき大きな努力を必要とせず、親や環境、友人、経験などがあなたの中に入ってきたことは、恵まれていることです。

あなたの環境には2つある。
外の環境と内の環境。

世の中には、あなたの努力など関係なしに、生まれつきすでに決められていることがあります。
その1つがあなたの「環境」です。
あなたの環境とは、大きく分けて2つあります。

始まりはあっても、終わりはなくていい。

私は、今自分が行っていることには終わりのないことだと思っています。
自分が結論出したことを、HAPPY LIFESTYLEを通して公開しています。
生きているうちに気づいたことや学んだことを、また公開していくという、単純な繰り返しです。

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