ある日、家族で食卓を囲んでいると、テレビで大地震のニュースが流れました。
マグニチュード8級の巨大地震のニュースでした。
テレビには、全壊した民家や血だらけになった人が泣き叫んでいる様子が映し出されていました。
食卓には、少しきつい場面です。
最初は、人ごとのように話が始まります。
親は「うわっ、大変だなあ。すべてがつぶれて台無しだ」と言います。
だいたいいつも、ここから話が脱線します。
必ず「もし」が続きます。
「もし、この場所であれくらいの大地震が来たらどうなるか」と言う父。
「よし。とりあえず、近くに神社があるからそこを家族の避難場所にしよう」と言葉を続けます。
いつの間にか、父は大地震が来たときの避難場所を決めてしまいます。
いえいえ、まだまだ脱線は続きます。
次に母が言います。
この家は建築して20年くらいだから強度が弱ってきている。大きな地震があれば壊れるのではないか。
さらに父が続けます。
「だったら、一度、専門業者に検査してもらったほうがいい。でももし補強工事をするなら、あまり予算に余裕はないぞ」
すると、節約志向の強い母は、鋭い指摘をします。
「だったら、業者が忙しくない時期に言えば割り引いてもらえるはず。壊れてから治すより、長持ちさせたほうが節約できる」
私は口を挟めません。
「考えすぎ。心配しすぎ。そこまで話を進めなくても」
そう思いながらも、両親は真面目な表情で真剣に話し合っています。
自分や家族に関係している話なので、とりあえず話の内容は気になりますし考えさせられます。
そういうことは、日常茶飯事でした。
水口家では、ふとしたニュースをきっかけに、いつの間にか話が進んでいます。
これが、ニュースのいいところです。
単に、ニュースを見て終わりにするのではありません。
重大ニュースを家族で一緒に見て、自分と重ねたり、家族と重ねたりして、考える機会に変えましょう。
テレビで、さまざまな災害や事故のニュースが流れます。
水害・盗難・事故・誘拐・借金など。
こういうニュースが流れるたびに、家族で話し合える機会になるはずです。
小さなテーマでも、かなり幅を広げて話し合える機会になるはずです。
自分の身に降りかからないとは限りません。
人ごとと思えるニュースも、自分に重ねたり、家族に重ねたりして考えると、真剣になれるはずです。
自分や家族に関係している話ですから、子どもは耳を傾けますし、考えさせられる機会になるでしょう。
もちろんこうした話は「危険を予知する能力」につながります。
子どもも家族も危険を予知し、話し合って考える。
テレビニュースは、素晴らしい学習教材なのです。