重大なトラブルが起こると「大変だ!」と思います。
「これは大変だ!」
「大変なことになった!」
トラブルが大きければ大きいほど、大きなストレスを感じるでしょう。
あたふたして対処に困り、パニックに陥ることもあるでしょう。
絶望を感じたり、頭が真っ白になったりすることもあるかもしれません。
「大変だ」と思うくらいですから、大変な未来が待っているように思えます。
しかし、ここに誤解があります。
実際のところ「大変だ」と思うことは、意外と大変なことではありません。
本当に大変な状況に直面すると、もはや人は「大変だ」とは思いません。
「大変だ」とは思う余裕すらなくなります。
たとえば、あなたにとって本当に大切な人が亡くなったとします。
そんなとき「大変だ」とは思わないです。
頭が真っ白で、何も考えられず、ぼうぜんとするでしょう。
大きな病気になって、余命が短いとします。
そんなときも「大変だ」とじたばた騒がないはずです。
大変を超越した出来事なら、もはや静かに余命を受け入れるでしょう。
つまり「大変だ」と思っているなら、まだ大変ではない証拠です。
呼吸を整えて落ちついてから、その出来事を振り返ってみましょう。
じっくり考えれば、意外と何とかなりそうなことではないでしょうか。
大げさに考えているだけです。
妄想がエスカレートしているだけです。
トラブルによるショックのせいで、一時的に視野が狭くなっているだけです。
取り返しがつかないトラブルに思えても、じっくり考えると、取り返せる手段があるのではないでしょうか。
友人と喧嘩をしても大丈夫。
喧嘩をすれば、後から仲直りすればいいことです。
自分が悪くなくても、ひとまず謝っておくと、仲直りもスムーズになるでしょう。
解雇されて仕事を失っても大丈夫。
また新しい仕事を探せばいいだけです。
贅沢を言わず、見栄と体裁を気にしなければ、意外と早く仕事が見つかるはずです。
財布を落としても大丈夫。
財布を失っても、命や健康まで失ったわけではない。
財布が見つからず、お金を失ったとしても、また働いて稼げばいいだけです。
家が焼けても大丈夫。
また新しく建てればいい。
保険が下りるなら、経済的ダメージは小さいはずです。
家を建てることができないなら、賃貸アパートに住めばいいだけです。
「のんきに考えていられない」と思うかもしれませんが、じたばた騒いでも、状況が変わるわけではありません。
心を大きくして、どっしり構えようではありませんか。
「大変だ」と思うことは、意外と大変なことではないのです。